新潟防災ジャーナルweb版~安全立県宣言~中越復興市民会議・地域復興交流会議

復興デザインセンター

中越防災安全推進機構とは
新潟防災ジャーナルWeb版
復興 震災の記録 おもてなし 防災
トップページ > お知らせ > 新潟防災ジャーナルWebシリーズ 【絆ネットワーク】 その3
新潟防災ジャーナルWebシリーズ 【絆ネットワーク】 その3

棚田が結ぶ人と地域の絆―棚田復興

「棚田の風景に魅せられて」

自然溢れる里山、鳥や虫の鳴き声、時折姿を現す小動物、風に乗って鼻孔をくすぐる緑の香り、
斜面を彩る花々、そして空を映す棚田。こうした中越地方の中山間地の風景に魅入られて、
中越地震前には日本中から多数のアマチュア写真家が山古志に訪れていた。しかし、2004年の
中越地震でその棚田は崩れかつての風景は失われた。地震から5年が経ち、棚田の復旧は進み、
徐々にかつての風景を取り戻しつつあるという。

長岡市山古志南平で民宿「山古志亭」を営む皆川昭一さん(63)は、2009年4月に民宿の
地下部分にギャラリー「古志の四季彩」を開設した。再生しつつある山古志の美しい四季を、
写真に切り取って発信する場を設けることで、全国からこの地を訪れてもらい、その風景を
愉しんでもらうためだ。
 皆川さんは山古志で生まれ育ったわけではない。新潟市内で中小企業診断士としての激務を
こなしていた2003年4月、仕事の息抜きで山古志に訪れた。疲れ果てた状態で山古志南平の
地に立った瞬間「ビビッときました。第六感が働いたと言いますか、この山古志に一目惚れ
しました。当時を思い返せば、この景色、この空気、この山古志に一瞬で癒されたのでしょうね」。
 すぐに山古志村役場(当時)に頼んで紹介してもらい、家屋を譲ってもらった。当初は合宿型の
経営塾を開こうとしたが、山古志には全国から写真家が集まることがわかり、その方たちが宿泊
できる民宿も経営することにした。そして、山古志亭では十割りそば、ヤーコンや山菜、きのこ
料理など山古志の旬を味わえるランチも楽しめる。
しかし、これまでの経営は順調だったとは言えない。「民宿を運営できるだけの市場がありま
せん。本業の収入があってこそ民宿も経営できるのです」そんな山古志亭の窮状を知る地元の
方が、取れた野菜を持ってきてくれると言う。皆川さんの想いは、地域の人に支えられてもいる。

とれたての山菜料理を宿泊客へ

一枚の写真を撮りに山古志へ

「特に新緑の春と紅葉の秋は霧も出やすく、幻想的な山古志の姿が撮影できます」。
皆川さんは宿泊客に、地元の人しか知らない、とっておきの撮影スポットへ案内している。
静岡県浜松市からの宿泊客、松浦謙二さん(68)は5年ほど前から風景写真を撮影しに
日本全国へ遠征している。「特に棚田が好きなんです。日本の原風景です。それを写真に
おさめたい」。山古志・桂谷の撮影スポットに三脚を構えた松浦さんは、夕暮れの空を映す
棚田にカメラを向け、そう話し始めた。
もともと山古志には震災前から来たいと思っていた。そこに地震が発生し、山古志への
遠征を諦めようとしていた。そんな折に静岡市内で開かれた中條均紀さんの写真展を見て
感激し、山古志への想いをあらためて強くした。中條さんは山古志や川口町の自然の持つ
やさしさと力強さを伝える写真集を出版し、全国に棚田ブームを巻き起こした写真家だ。
写真展で購入した中條さんの写真集は表紙が破れるほど読み込んだという。
夕日が山に隠れ、集落の灯がともり出す。時折、車がライトを点けて山間の道を行く。
幾つもの棚田が闇の色を濃くする空を映しだす。山頂を抜けていく風が冷たくなった。
「最高の一枚のために待つ時間も楽しい。この山古志では棚田と霧が太陽に赤く染まった
瞬間を撮りたい。また来ますよ」松浦さんはそう笑顔で語っていた。

シャッターチャンスを待つ写真家たち

お問い合わせリンク復興デザインセンターと中越防災安全推進機構についてサイトマップサイトポリシー ページの先頭に戻る
Copyrught(c) 2008 Chuetsu Organization for Safe and Secure Society.All Rights Reserved.